11月2日(日)、第38回東京国際映画祭・日本映画クラシックス部門にて、岩井俊二監督の名作『四月物語』が上映された。上映後のトークショーには岩井監督が登壇し、松たか子主演による本作の誕生秘話や、当時の撮影エピソードを穏やかな笑みとともに語った。

『四月物語』誕生のきっかけは、松たか子のMV制作から

岩井俊二監督は『四月物語』を制作しようと思ったきっかけについて問われ、「実は松たか子さんが音楽デビューをされた直後のタイミングで、2曲目のミュージックビデオやアルバムの映像など、まとめて5本ほど撮ってほしいというお話をいただいたんです。いろいろと話していくうちに、“ショートフィルムも撮ろう”という流れになり、そこから脚本を書くことになって、この物語が生まれました」と、作品誕生の経緯を明かした。

さらに当時を振り返り、「撮影当時、松さんは非常に多忙で、週に一度しかないお休みの日をこの撮影に充ててくれました。仕事というよりも“趣味で集まって撮ろう”という雰囲気で、松さんの休日をお借りしながら、まさに趣味感覚で撮影していたような感じでしたね」と語った。

撮影のヒントは、日常のなかにある

岩井俊二監督は撮影当時を振り返り、「『四月物語』のロケハンの際は、まだ満開で、散らない桜が咲いている状態でしたが、撮影のタイミングでは見事に桜の花びらが雨のように舞い散り、とても運が良かったと思います」と回想。「最初は花吹雪、ラストは雨ですが、ラストの雨はリアルな雨(自然現象)か映画的な雨か」と質問が及ぶと、「映画的な雨です」と明かし、会場を沸かせた。

さらに、「最初は花吹雪で始まり、ラストは雨で締める――そのコントラストを意識して作品を作りました」と続け、演出意図の一端を語った。

また、黒澤明監督の『羅生門』撮影時に“土砂降りの雨が映らず、墨汁を混ぜて撮影した”という逸話に話が及ぶと、岩井監督は「光を透過させることが大事なんです。でも本当に晴れてしまうと、いわゆる“狐の嫁入り”のようなお天気雨になってしまう。加減は難しいですが、光を当てることで雨が見違えるように映えるんです」と解説。
さらに、「これは映画的な演出というよりも、日常生活の中で“こういう時はこっちから撮るときれいに見える”といった日々の気づきを撮影に応用している感覚なんです。きっと黒澤さんも、黒い水が落ちた時に何か見えたのではないかと思います」と語り、会場を魅了した。

“家族総出演”の裏側にあった温かなエピソード

松たか子さんにとって初主演となった本作。家族(当時:父・松本幸四郎、母・藤間紀子、兄・市川染五郎、姉・松本紀保)も出演していることについて、「どういう経緯で皆さんがご出演されることになったのですか?」との質問が及ぶと、岩井俊二監督はこう振り返った。

「現場で、半ば冗談半分に“ご家族で出演されては?”と提案したんだと思います。すると、その後家族会議が開かれ、『みんな出たいと言っています』と聞いて、腰を抜かしそうになりました。その時の衝撃は今でも覚えています」と笑いを交えながら回想。
「娘を応援したい」「妹を支えたい」という家族の想いがあったのだろうとしつつ、「お父さんは衣装合わせの時に“監督の眼鏡いいね、それ貸して”と言われたり、お兄さんは“ガム噛んでてもいいですかね”と聞いてきたりと、現場は和気あいあいとして本当に楽しかったです」と懐かしそうに語った。

さらに、「二十数年前に撮った作品ですが、自分にとっても思い出深い映画です。韓国では、この『四月物語』が僕の作品として初めて公式に上映されたんです。釜山映画祭だったと思いますが、当時『ラブレター』はまだ韓国で公開される前で、“僕の映画『ラブレター』を観たことがありますか?”と尋ねたら、会場の約98%が“もう観た”と答えたんです。VHSの海賊版が出回っていたんですね」と笑いを誘った。

また、「今回、日本映画クラシックスという枠で上映していただけることを光栄に思います」と感謝を述べ、「松たか子さんは、今も昔とまったく変わらない。最近『ラストレター』でもご一緒したのですが、『四月物語』の続きをそのまま撮っても物語がつながるのでは?と話したら、本人は少し照れていました」と、松たか子さんの変わらぬ女優としての魅力を語った。