ロングラン4年目を迎え、総観客数110万人・通算1100公演を突破した舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』。マクゴナガル校長を演じる榊原郁恵さんに、稽古前のお忙しい合間をぬってお話を伺いました。舞台への想い、役との向き合い方、そして一人の人間としてのストーリー。紡がれる言葉から、榊原さんのあたたかさが伝わってきます。 撮影:山本春花ジャケット&スカート(ベルマリエ玉川店:TEL 03-3707-4855)/ 珊瑚イヤリング(アジュテ ア ケイ:TEL 088-831-000 / www.kyoya-coral.com)/ リング(NINA RICCI/エスジェイ ジュエリー:TEL 03-3847-9903) 舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』への想いと役作り ー 本日はお時間をいただき、ありがとうございます。まずは榊原さんご自身が考える、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の見どころを教えてください。 榊原さん: 魔法の世界を背景に、スピーディーな展開が繰り広げられるこの作品は、どの国の方にも楽しんでいただける要素が詰まっています。映像なら簡単に表現できる魔法も、舞台上でリアルに再現するのは本当に難しいんです。でも、そこに挑んでいるのがこの舞台の大きな魅力だと思っています。また、単なるファンタジーではなく、親子の葛藤や友情、冒険心など、人間ドラマの部分がしっかり描かれているのも特徴です。賑やかで華やかなミュージカルや音楽劇とは違い、しっかりと芝居を見せる舞台。そこがこの作品ならではの魅力だと感じています。 ー 親子の葛藤というテーマについて、ご自身と重なる部分はありましたか? 榊原さん: ありますね。ハリー・ポッターが親となり、子どもにどう向き合えばいいか悩む姿は、私自身の経験と重なりました。私も二人の子どもが成人していますが、振り返ると、子ども目線でしっかり向き合えていたかと問われると自信がありません。舞台の中で「あのとき、こんなふうに言葉をかけられていたら」と思わず胸を打たれるシーンがあり、大好きな場面のひとつです。 ー 今回、ロンドンでの公演をご覧になったそうですが、影響を受けたことはありましたか? 榊原さん: はい。実際にロンドンで観劇して、舞台のスケール感や空気感を肌で感じることができました。オーディションは二部構成のものを受けていたのですが、日本版はコンパクトで分かり易くなった一方で、観客の想像力をより搔き立てるような演出が求められました。このことは、演じる側として少し苦労したところです。また、ロンドンでマクゴナガル役を演じる役者さんともお話できたんです。マクゴナガルの背景や葛藤をとても丁寧に考えて演じていることを知り、自分自身も脚本に描かれていない部分まで想像しながら役作りをする大切さを改めて実感しました。ロンドン公演では 「見なきゃよかった……」と思ってしまうくらい圧倒されてしまって(笑)。素晴らしすぎて、押しつぶされそうな気持になりました。 ー オーディションは二部構成のものとおっしゃっていましたね。 榊原さん: オーディションを受けた際に、事前に二部構成の本をいただいていたんです。それを改めて読み返しながら、「ここはどうなっているんだろう?」と考えたりしていたのですが、当時は演技に集中するあまり、どうしてもピンポイントで物事を見すぎてしまっていました。もっと全体を俯瞰して観られていたらよかったのに、と感じることもありました。一瞬、落ち込んでしまったのですが、「落ち込んでも意味がない」と気持ちを切り替えるようにしました。 ー 2022年7月から1年間演じられたマクゴナガル校長役と、再び2024年3月からの公演で演じていらっしゃいますが、1回目の出演時と、今回の再出演とで、心境に変化はありましたか? 榊原さん: マクゴナガルは非常に強く、頼れる存在として描かれていますが、その裏には苦しみや葛藤、そしてさまざまな困難を抱えてきた人物であると、お話をうかがいました。舞台上ではすべてが描かれているわけではないからこそ、演じる側としては、見えない部分にまで想像を巡らせ、役を深めていく必要があります。正直なところ、最初の一年目は、そこまで掘り下げる余裕がありませんでした。しかし一度、約8ヶ月ほど舞台を離れる機会があり、その間に改めて作品を観に行ったり、キャストが変わったタイミングで何度も客席から舞台を観たりして、自分なりに客観的な視点で作品を見つめ直す時間を持つことができました。そうして少し距離を置いたからこそ、初めて見えてきたものがあったんです。「あ、自分が感じていたことは間違っていなかったな」と思えましたし、さらに深くマクゴナガルという人物を演じていきたいと強く感じるようになりました。 ー 2回目の出演オファーを受けたときのお気持ちを教えてください。 榊原さん: もともとこの作品はロングラン企画だったので、最初にオファーをいただいたときは、皆さん「2年間いかがですか」という形だったんじゃないかなと思うんです。私自身も、実は最初は同じように2年契約でのお声がけをいただいていました。 ー そのとき、どのような思いだったのでしょうか。 榊原さん: 正直なところ、「2年」という期間がすごく長く感じたんです。2年という時間の中で、自分の環境がどう変化していくか分からない。もし途中で心が揺らいでしまったり、仕事に集中できないような状況になってしまったら、自分で責任が持てないなと感じたんです。だからこそ、「1年だったらしっかり集中できる」という思いがあって、申し訳ないのですが、「1年間」というお約束で受けさせていただくことにしました。 写真提供:TBS/ホリプロ 撮影:渡部孝弘 榊原郁恵が演じるマクゴナガル校長 「1年契約」の決断と人生の転機 ー 1年間という期間にこだわった理由は、環境の変化もあったのでしょうか。 榊原さん: 身体的なことももちろんありますし、自分が置かれている環境、年齢もそうですし、年老いた母と一緒に暮らしていることも大きいです。私は長年、仕事を続けてくる中で「自分が安心して働ける環境」というのをとても大事にしてきました。でも、まさかまさかのことが起きて(夫の渡辺徹さんが急逝された)……想定していなかったような環境の変化もありました。そういうことがあったからこそ、あのとき「1年」というお約束にしておいて本当に良かったなと、今は心から思っています。 ― 本当に突然のことだったのではないでしょうか? 榊原さん: 6月のプレビュー公演の前日に、家族にチケットを渡したんです。そのとき、主人が観に来てくれて、「もう一回観たいな」と言ってくれたんですね。それで「最終日のチケットも取ってあげるよ」と話していたんですけど……残念ながら、間に合わなくて。乗り越えなきゃいけないですからね。前を向いて進んでいきたいと思っています。 写真提供:TBS/ホリプロ 撮影:渡部孝弘 榊原郁恵が演じるマクゴナガル校長 舞台の魅力と、榊原郁恵さんが大切にする生き方 ― 舞台中、特に「生もの」だと感じたエピソードはありますか? 榊原さん: やはり一番怖いのはセリフが飛んでしまうことです。突然登場して一気に台詞を話す場面が多いので、トラブルが起きても自己処理するしかありません。周りのキャストが笑って助けてくれることもありますが(笑)、責任は常に自分にあります。また、魔法の演出も含め、キャスト・スタッフ合わせて約130人が一丸となって舞台を支えているので、一瞬のミスも許されない緊張感があります。昨日うまくいったからといって、今日も必ず成功する保証はない。それが「舞台は生もの」だと実感する瞬間です。 ー マクゴナガルを演じるにあたって影響を受けた恩師や先生はいますか? 榊原さん: 私の場合、映画版のマクゴナガル先生の存在感があまりに印象的で。個人的な経験より、映画のイメージが強く頭にありました。厳しくもユーモアを忘れない、チャーミングな威厳のある人物像を目指して演じています。私自身の憧れでもあり、難しいけれどやりがいのある役です。 ー 動画配信が進化する時代の中で、劇場でしか味わえない “生” の感動について、観劇を迷っている方へメッセージをお願いします。 榊原さん: やっぱり、生身の人間が目の前で必死に物語を作り上げていく、その素晴らしさだと思います。私は、時間をかけてみんなと一緒に作品を作っていく、そのプロセスがとても好きなんです。もちろん、ドラマや映画のように、瞬発力を磨く場も素敵だなと思います。でも、舞台はストーリーをじっくり追って、稽古を積み重ねて、完成させていく。それをまた同じように繰り返していく中で、予想しなかった発見があったり、ちょっとした挑戦をしてみたり、そんな積み重ねができる場なんです。いろいろな見方を表現できる。それが舞台の魅力だと思いますね。 ― 演じる側としても、舞台は特別な体験なんですね。 榊原さん: そうですね、演じる側としては本当に特別な感覚です。そして、観る側も同じだと思います。テレビや映画でよく見かける俳優たちが、今ここ、この空間で、リアルに存在している――そんな距離感が舞台ならではですよね。生の声が聞こえてくるし、たとえば舞台上でセリフを発していない時でも、みんなちゃんと芝居をしているんです。私はわりと、メインの動きの裏側で、別の場所で生まれている小さなドラマにも目を向けてしまうタイプなんですよ(笑)。「この人はこの場面でこんなふうに関わっているんだな」とか、ふと気づいたりして。街中で人間観察するのと、ちょっと似ているかもしれませんね。バスの中で、ふと子供を見守るお母さんの表情に気づいたり、そんな小さなドラマも、舞台ではすぐそばで感じることができるんです。 ー 明るく元気、そして笑顔が印象的な榊原さんですが、そのパワーの源や元気の秘訣を教えてください。榊原さん: 長年仕事を続ける中で、自分のペースを掴めるようになったのが大きいですね。無理をしないことを心がけています。もちろん、もともと健康に生んでくれた両親にも感謝しています。ただ、昔は「元気じゃない自分を見せちゃいけない」って思い込んで、苦しくなったこともありました。でも、見る側にとって、怒った顔や疲れた顔ってやっぱり見たくないものなんですよね。だから、どんな時でも自分をコントロールして、楽しい気持ちで仕事に向かえるように工夫しています。たとえばロケに行く時は、食事に気をつけたり、事前に場所を調べたりして、「ここに行けるんだ、楽しみだな!」ってワクワクできる準備をするんです。一番支えになったのは主人の言葉です。思い通りにいかなくて落ち込んだ時、「お前は勢いでいいんだよ。小難しいことを考えすぎなくていい」と言ってもらえたこと。理想を追い求めて苦しくなっていたけど、「これが私の良さなんだ」と受け入れられるようになりました。だから今は、ありのままの自分を大事にしながら、元気に楽しく毎日を過ごしています。 ー 今後、挑戦してみたいことや、新たな分野への意欲についてお聞かせください。 榊原さん: よくこの質問をいただくんですが、実は今回の舞台が、私にとっては挑戦のかたまりのような時間でした。初めてオーディションを受けて、初めて海外スタッフと一緒に作品を作り、初めてのロングラン公演、初めてのダブルキャスト……。この年齢になっても「まだ初めてがあるんだ!」と驚きましたし、本当に恵まれた環境に感謝しています。これまでたくさんの経験を積んできたので、「やり残したことはない」と思っていたけれど、やっぱり新しい扉は開かれるものですね。今はまず、6月の最終日まで、この舞台を無事に駆け抜けることが目標です。生の舞台は何が起きるかわからないからこそ怖いですが、それも含めて全力でやり遂げたいです。その後はまた、新しいきっかけに出会えたとき、健康な心と身体でフレッシュに挑戦していけたらいいなと思っています。 榊原郁恵さんの笑顔からは、長年のキャリアを通じて見出した「楽しむこと」の大切さがにじみ出ていました。無理をせず、マイペースなライフスタイルを大切にしながら、舞台に立つ喜びを心から味わう姿はとても印象的です。経験を重ねる中で広がる新たな景色に、自分らしく向き合いながら前進するその姿は、歳月を重ねることの美しさを体現しているように感じられました。そんな榊原さんが舞台上で放つ、今この瞬間の輝きを、ぜひ劇場でご体感ください。 舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』公演情報 ○日程:ロングラン上演中(2025年10月までのチケット好評販売中)○会場:TBS赤坂ACTシアター○上演時間:3時間40分 ※2幕、途中休憩あり チケットは、こちらから https://www.harrypotter-stage.jp/schedule-tickets/ In association with John Gore Organization